真 菌 症
真菌症とは・・・
真菌とはカビのことです。
人体や自然界に広く分布しています。
皮膚などの表在性真菌症と内臓に感染する深在性真菌症があります。
代表的な真菌症はカンジダ症、クリプトコッカス症、アスペルギルス症、放線菌症、スポロトリコーシスなどです。

ここでは真菌症について、やや専門的かつ基礎的なお話をさせて頂きます。
より身近な内容は、口腔カンジダ症へ。

項 目
A:真菌の生物学的特性
         1:分類
         2:構造と形態
            (1)真菌の形態
                A)単細胞真菌  B)多細胞真菌
            (2)真菌細胞の微細構造
         3:真菌の増殖
         4:真菌の栄養、生理および代謝
         5:真菌の遺伝

      B:真菌症の臨床
         1:カンジダ症
         2:その他の真菌症
A:真菌の生物学的特性
GR:真菌とは
真菌(真菌類)は正式名を真正菌類Eumycotaといい、俗称カビである。
  変形菌類(粘菌類)とともに菌界(菌類)に属する1つの門であり、真核微生物である。
  自然界にはきわめて多種の異質な真菌が多数存在する。
  それらの基礎的ならびに応用的研 究を行う学問を真菌学とよび、微生物学の重要な一分科である。
  ヒト、動物、植物に病気、主として感染を起こす真菌を病原真菌という。
  ヒトに対する病原真菌と、それがもたらす疾患すなわち真菌症を研究する分野を医真菌学とよび、医学の一分科であるとともに病原微生物学の一分野であり、したがって病原真菌学ともいう。


1:分類
真菌分類の基準は、
   1)菌糸における隔壁の有無による下等真菌と高等真菌との二分法による区別と
   2)有性期の有無(すなわち有性世代と無性世代の関係)に基づく二分法
 とが主軸をなす。

 菌類の現行の分類体系については、いろいろ問題点を含むにせよ、国際的に最も広く採用されているのは、Ainsworth、G.C(1971)による分類である。

Ainsworth、G.C(1971)による分類
   菌類(菌界)Fungi
    T.変形菌類(粘菌類)Myxomycota

    U.真菌類 Eumycota
       1.鞭毛菌類Mastigomycotina
            栄養型は単細胞または菌糸状。
            遊走細胞(遊走子などの胞子)をもって運動し、また配偶子をもつ。
       2.接合菌類Zygomycotina
            栄養型は菌糸状で、原則的に隔壁を欠く。
            有性胞子として接合胞子をつくる。
            胞子は非運動性。
       3.子嚢菌類Ascomycotina
            栄養型は隔壁を有する菌糸状、あるいは単細胞酵母形。
            有性胞子としての子嚢胞子を形成する。
                例: アスペルギルス属   ペニシリウム属
       4.担子菌類 Basidiomycotina
            栄養型は有隔性菌糸で、菌糸にかすがい連結をもつことが多い。
            隔壁はdolipore構造を示すことが多い。
            有性胞子として担子胞子を外生する。
       5.不完全菌類
            栄養型は有隔性菌糸、あるいは単細胞。
            有性胞子はつくらないが、擬似有性生活環をもつものがある。
                例:  クリプトコッカス科  クリプトコッカス属   カンジダ属
                    デマチウム科
                    モニリア科
                    皮膚糸状菌


2:構造と形態
(1)真菌の形態

 A)単細胞真菌
  単細胞真菌unicellular fungiは形態の最も単純な真菌群。
  酵母yeasts(酵母状真菌を含む)によって代表される。

 @酵母
 いわゆる酵母細胞yeast cellは、普通、直径5〜6μmの円形ないし楕円形で、菌種によっては円筒状を示し、明確な細胞壁をもつ。
 酵母は適当な条件下で速やかに分裂する。
 母細胞mother cellの一部に小突起、すなわち芽細胞budを生じ、やがて母細胞とほぼ同じ大きさに発育し、独立した細胞、すなわち娘細胞daughter cellとなる。
 芽細胞は普通多極的に生じ、1つの母細胞から多数の娘細胞が作られる。
 娘細胞は発育して母細胞から遊離し、あるいは付着したまま母細胞となり、自らの娘細胞を形成する。
 この増殖様式を分芽(出芽)buddingと呼び、このような無性生殖の結果生ずる細胞を分芽胞子blastosporeという。
 酵母の増殖様式は、この分芽が優勢である。
 菌種によっては特定の環境条件下で発芽してやや伸長し、これを発芽管germ tubeとよぶが、さらに伸長して仮性菌糸pseudohyphaまたは真正菌糸true hyphaを形成する。
 仮性菌糸は真正菌糸と異なり、幅が一定でなく、長くは伸長せず、両端が狭少の脆弱な細胞で、このような仮性菌糸の連鎖がつくられる。
 仮性菌糸の両端または側面には、相当多数の分芽胞子が着生する。
 仮性菌糸もしくは真正菌糸を形成するという点で、酵母は糸状菌に類似し、このような形態をほとんどあるいはまったく示さない酵母も、それらの形成能力を消失した退化型であるとの解釈があり、それを支えるいくつかの証左がある。
 酵母の中にはSchizosaccharomyces属の菌種のように、細菌と同様の二分裂増殖形式をとるものもあり、分裂酵母fisson yeastsという。
 酵母を形態学的に定義するならば、前述のように単純な分芽形式によって増殖する単細胞の真菌を総称する。
 このような細胞が大部分を占め、かつ若干仮性菌糸はつくりうるが、真正菌糸をほとんど欠くような酵母を狭義の酵母(真正酵母−後述)とし、一方、分芽による細胞を主体とするが仮性菌糸をよく形成する酵母、あるいはさらに真正菌糸をも形成しうる酵母を酵母状真菌yeast−like fungiとよぶ。
 したがって広義の酵母は、酵母および酵母状真菌をあわせて意味する。

 B)多細胞真菌
 真菌の大多数は多細胞真菌multicellular fungiで、いわゆる糸状菌の形態を示す真菌群である。

 @糸状菌
 糸状菌molds、filamentous fungiの主要な基本形態を菌糸hyphaといい、胞子sporeが酵母の場合と同様に適当な環境条件下で発芽して発芽管を形成し、ほぼ一定の幅(2〜数十μm)であるが、3〜7μmのものが多い)をもって伸長を続ける構造体である。
 その発育の中途において枝分かれをし(分岐branching、その構造を分枝branchという)、絡み合った大きな集塊を形成する。これを菌糸体myceliumとよぶ。
 胞子や菌糸の分化した複雑な構造を器官organ、もしくは組織tissueという。それらの真菌の特徴的な構造を真菌要素fungus element(単に菌要素ともいう)と総称する。
 菌糸の発育は、先端ないしそれに近い部位において起こる。その伸長していく過程で隔壁septumをつくるものとつくらないものとがあり、それぞれ無隔菌糸nonseptate hyphaおよび有隔菌糸septate hyphaと呼ぶ。前者は大多数の菌糸に見られる菌糸形成法である。
隔壁の間隔は不規則で、区切られた細胞は菌種により単核、2核もしくは多核である。各隔壁には中心部に小孔central poreがあり、これを介して隣接する細胞間に原形質内諸物質が見られる。
 これに対して後者は、隔壁で区切られていないために、原形質流動がその全細胞を通じてみられ、かつ多核性coenocyticで、接合菌類Zygomycotinaのような下等真菌群の菌糸形成法である。
 ただし、培養が古くなると、隔壁を形成することがある。

 A子嚢菌
 子嚢菌類Ascomycotinaでは隔壁の小孔が比較的大きいために核の移行が可能であり、この菌糸は多核性菌糸coenocytic hyphaである。
 担子菌類Basidiomycotinaでは、ドリポア隔膜dolipore およびパレンテソームparenthesome と呼ぶ特殊構造によって核の移動わ阻止する。
 隔壁は、核分裂とはほとんど無関係に細胞壁から細胞質に向かって環状に伸び、高等植物におけるそれとは様相を異にする。
 菌糸はまた機能の面から栄養菌糸vegetative hyphaと生殖菌糸reproductive hyphaに区別される。 栄養菌糸は基質(培養や動・植物の組織)の表面に接して増殖し、もしくは内部へも発育して集落をつくり、栄養分の消化・吸収にあずかる。
 基質内部に発育する菌糸のうち、Rhizopus属にみられるように、比較的太く、かつ分岐しているものを仮根rhizoidという。
 他方、生殖菌糸は基質の表面から気中に向かって発育するので気中(生)菌糸aerial hyphaともいい、各種の胞子や生殖細胞を生ずる。
 この胞子形成sporulationと栄養菌糸の発育に加え、多くの菌種が菌糸の単純で部分的な寸断によって増殖を行う。
 このような短い柱状の胞子(無性胞子)を分裂子oidiumという。これらの栄養細胞と生殖細胞は環境条件によって新しい菌糸をつくり、あるいは酵母のように分芽によって増殖を続ける。
 菌糸は切断されても、その断片を新しい基質に移せば発育し、増殖する能力をもつ。高等真菌群では、菌糸は伸長し、分岐し、相互に結合し、このような過程を繰り返すことによって大きな集合体、すなわち菌糸組織plectenchymaを形成する。この組織の中に規則的、不規則的な配列をもって胞子を生ずる生殖体を子実体fruit bodyとよび、菌群によって諸種の形態があり、子嚢菌類のそれを子嚢果ascocarpという。
 菌糸組織の外表が厚壁の細胞から構成され、内部に貯蔵物質としての脂質、グリコーゲンなどを含む薄壁の細胞からなるものを菌核sclerotiumという。

 B二形性真菌
 Histoplasma capsulatum、Blastomyces dermatitidis、Paracoccidioides brasiliensis、Sporothrixschenckiiなどのように、サブローブドウ糖寒天培地で室温(25〜27℃)で培養するときは菌糸状発育を示すとき、これを菌糸形(M型)mycelial formといい、感染病巣内または特定の栄養素の豊富な培地による血温(約37℃)培養において酵母状発育ょ示すとき、これを酵母形(Y型)yeasy formとよぶ。
 そして、このような2種の明らかな異なる形態を示す真菌を二形性真菌dimorphic fungiと総称する。
 培養におけるY型の酵母状細胞のみならず、M形における菌糸または胞子(無性胞子)を動物接種することによってもY型発育を示す。
 M形 Y形の転換は、菌種、菌株により難易の差はあるが、前述の諸菌種においては、定型的に誘導することができる。
 このようにin vitroとin vivoの形態の著しく相違する現象を二形性dimorphismという。
 培養形態において、これらの菌種はY形が優勢であるが、M形に転換した状態で継代・維持をすることができる。
 最近in vitroにおいて種々の物理的、化学的因子の二形性への影響が検討されている。
 Candida albicansやCoccidioides immitisなども二形性真菌の躊躇に含まれるが、組織内におけるY形が前記諸菌種に比べて字義どおりの定型的な酵母状発育でなく、より複雑な形態を示す点で、定型的な二形性真菌とは目されない。
 両形は、単に形態上の相違にとどまらず、微細構造もこれに伴い相違し、化学組成その他の点でも種々の差異がみられる。
 たとえば、C.Albicansの細胞壁は、Y形ではα−グルカンが比較的多いのに対し、M形ではβ−グルカンが主体をなす。
 二形性真菌は、諸種深在性真菌の主要病原体であるのみならず、二形性の機序究明はこのような真菌の細胞の構造、機能、病原性、抗原構造、免疫、化学療法などの研究に関連するという点で、現在、医真菌学上の重要な研究課題となっている。

(2)真菌細胞の微細構造
 真菌細胞は、酵母、糸状菌ともに真核細胞としての細胞学的特徴をもち、高等物・植物の細胞に類似するが、ある程度より単純である。
 しかし、細菌細胞(原核細胞)に比すれば、分化の程度は格段に高い。

@細胞壁
 真菌細胞は栄養細胞、胞子ともに高等植物や細菌の細胞と同様に表面は強靭な細胞壁構造に包まれている。
 それは微細線維microfibriの網状構造であって、線維間をマトリックス物質が満たしている。
 化学組成は菌種によって相違があるが、主成分は多糖で、乾燥重量の80〜90%を占め、ほかにタンパク、脂質、菌種により色素、ポリリン酸、無機イオンからなる。
 タンパクは多糖と結合して糖タンパク複合体をつくり、これは細胞壁構築に必須の成分である。
 細胞壁タンパクにはプロテアーゼ、グルカナーゼ、インベルターゼその他の酵素活性の証明されている菌種がある。
 細胞壁多糖は11種以上が知られているが、特にD−グルコース、D−マンノース、N−アセチルグルコサミンの3種が大多数の真菌に見られる構成糖である。
 微細線維は酵母では非セルロース性グルカン(β−1、3あるいはβ−1、6グルカン)からなり、糸状菌ではキチン(N−アセチルグルコサミンのポリマー)、ときにセルロース(β−1、4グルカン)が主成分である。
 マトリックスはタンパク、脂質、各種の多糖を含む。
 真菌細胞壁の化学組成は、藻類、細菌その他の微生物のそれと著しく異なり、とりわけその主要多糖2種の組み合わせから真菌分類の一指標とする方式がある。
 特に酵母類では、細胞壁多糖、おもにマンナンに由来する抗原構造の差異に基づき、血清学的方法、または核磁気共鳴スペクトルのパターンから菌種の分類・固定が行われている。

A細胞質膜
 細胞質膜の大部分は細胞壁の内側に密着しているが、部分的にそれより離れて細胞質内に向かって陥入して空隙を生じ、その部分にロマソームlomasomeと呼ぶ電子密度の高い微細な管状ないし顆粒状構造が多数認められる。
B細胞質と細胞質内微細構造
   真菌細胞質には、各種の微細構造が観察される。

1)細胞質内オルガネラ
  細胞質内オルガネラは、他の真核生物の細胞のそれと比較すれば発達が劣り、細胞質内に散在する。
  まれにラメラ様構造もしくはゴルジ小体を示す。
  リボゾームは普通細胞質マトリックスに散在する。
  菌種によっては小胞体に付着して粗面小胞体様形態として認められる。
  空胞は発育盛んな菌糸においては、その頂端部位には形成されず、後方部位に小空胞としてみられる。
  ふるい菌糸または酵母状細胞では、小空胞が融合して大きな空胞を形成している。
  細胞質は著しく縮小して、ついには細胞壁に薄い層として残存するに至る。
  細胞質の内容が希薄化し、空胞が大きくなるに従い原形質流動が顕著になる。
2)ミトコンドリア
  ミトコンドリアとそのクリステの構造、配列および機能は本質的には高等動・植物細胞のそれと同じである。
  しかし分化の程度は一般に低い。
  発育期においては、すべての真菌に認められる。
  細胞の生理学的状態によって形や発達の程度が著しく異なる。
  特に飢餓もしくは嫌気的条件下では、変形ないし消失する。

3)核
  他の真核細胞に類似する。
  細胞質マトリックスとほぼ同程度の電子密度を示す希薄な核質が核孔をもった単位膜の核膜に包まれる。
  多くの菌種で内部に複数の染色体が観察され、減数分裂像が認められる。
  また菌種により紡錘体や中心小体が見出されている。

4)その他の構造
  グリコーゲン顆粒は真菌細胞に普遍的に認められ、栄養物質の貯蔵のほか、細胞質支持の機能をもつ。
  色素も多くの菌種で認められ、栄養貯蔵にあずかる。
  鞭毛は下等真菌において観察され、運動器官として機能する。


3:真菌の増殖
真菌増殖(生殖)の主体をなすものは、胞子である。
 胞子は大きさ、形状など菌種によって一定している。
 普通単細胞であるが、菌種によっては複数の細胞からなり、また色素を持つ。
 細胞壁につつまれ、菌種によってその外側に形、大きさを異にする多数の小突起を生じ、あるいは粘稠な層をもつ。
 胞子は適当な環境条件下で発芽し発芽管となり、糸状菌では先端伸長と分岐により、酵母では分芽により、それぞれ発育する。
 この栄養型の発育から増殖期(生殖期)reproductive phaseに移行し、再び胞子を形成する。
 このような増殖における胞子形成と生活環は、真菌の分類・固定上最も重要な基準をなす。
 大多数の真菌が1種類以上の胞子をつくる。

(1)増殖の形式と分類との関係
  胞子は有性増殖、すなわち2つの増殖細胞の接合と、それに続く両核の融合fusionの直接的な結果として、あるいは核融合後の二次的発育の結果としてつくられる有性胞子sexual sporesと、無性増殖、すなわちこのような過程を経ず、細胞分化の結果としてつくられる無性胞子asexual sporesの2つに分けられる。
  真菌は発育に適した条件下に多数の無性胞子をつくり、普通酵母細胞から容易に離れ、広く自然界に分布し、速やかに発育し、菌種の保存にあずかる。この期間を不完全期imperfect stageとよぶ。
 発育・増殖によって基質の栄養分が欠乏し、季節的に温度が低下するなど、発育条件が悪くなると、有性増殖の段階、いわゆる完全期perfect stageに移行し、まれに有性胞子を形成し、あるいは遺伝的組換えによって増殖する。
 有性胞子は栄養分の豊かな普通の真菌培地、たとえばサブローブドウ糖寒天培地では一般につくられにくい。
 栄養分の乏しい特殊培地、たとえばコーンミール寒天培地などがその形成を促進するので、賞用されるが、それでも少数しかつくらない菌種が多い。
 有性胞子をつくるいわゆる「完全真菌」は鞭毛菌類、接合菌類、子嚢菌類、担子菌類の4亜門であって、多数の無性胞子を一方において形成する。
 無性胞子のみで増殖する真菌は「不完全菌類」と呼ばれる。
 近年まで病原真菌の大部分が無性期(無性増殖期、不完全期)のみが観察されていたがために、不完全菌類と命名され、分類されてきたが、そのうちの少なからざる菌種において、有性期(有性増殖期、完全期)が対立交配型の検出の結果として知られるようになった。
 このような新しい有性期に記載名descriptive nameが与えられ、関連する属もしくは種に加えられることになる。
 したがって、現在不完全名imperfect name(普通最初に記載された菌名)と完全名perfect nameとの2つの菌名をもつ病原真菌が少なくない。
 このような取扱いは、若干混乱を生じないわけではないが、分類学的には合理的とみなされる。
 一例をあげればTrichophyton mentagrophytesは無性期名であり、完全期の記載名としてはArthroderma benhamiaeである。
 このように不完全菌類という名称は菌種名記載上の便宜的な真菌群を意味し、この群の菌種は有性期が見いだされれば、ただちに別の亜門のしかるべき位置に移される宿命を持つ。
 有性期、無性期は真菌の病原性とは本質的に無関係で、胞子形成法の相違を意味するにすぎない。
 胞子をまったく形成しない真菌はMycelia steriliaと総称され、分類上の位置として、不完全菌類の無胞子不完全菌類Agonomycetes を設ける向きもある。

(2)有性増殖
 有性増殖の形式、すなわち形成される有性胞子の種類によって、真菌は鞭毛菌類、接合菌類、子嚢菌類および担子菌類が区別され、有性増殖の過程をもたない不完全菌類を含めて5亜門より構成される。
 真菌の有性増殖は、両種の細胞の接合その他の過程を経て、両細胞の核の融合の結果つくられる各種の有性胞子を中心として行われる。

@卵胞子
 菌糸が分化した大型の配偶子gametangiumすなわち生卵器oogoniumと、小形の配偶子である精子spermをいれる配偶子嚢である造(蔵)精器antheridiumとをつくり、卵球と精子が接合することによって受精が行われ、厚膜の卵胞子が形成される。卵胞子は、休眠期を経て発芽する。
 卵菌類Oomycetesにみられる有性胞子である。
A接合胞子
 接合菌類にみられる有性胞子である。多核性菌糸に小側枝を生じ、先端が膨らんで配偶子嚢をつくり、接合ホルモンの補助によって隣接する菌と菌糸からの配偶子嚢と互いに接着し、それぞれもとの菌糸との間に隔壁を生じ、相接する細胞壁は溶解して双方の細胞質と核が融合し、接合子zygoteを形成する。これが成熟して大きくなり、表面粗で、しばしば褐色、黒褐色などに着色し、接合胞子zygosporeの形成が完了する。 
  この有性胞子形成が相対する交配菌株間に起こる場合を雌雄異株性heterothallismであるといい、2つの菌株を+株+strain、−株−strainとよぶ。
 +株どうし、−株どうしの間にはこの過程は生じない。
 他方、単一胞子培養による単一集落内の菌糸間で接合胞子を生ずるときは、それらは雌雄同株性の菌株である。
 前述の過程で融合した核は複相となるが、休眠期ののち、この胞子は壁が破潰して胞子嚢柄を生じ、胞子嚢をつくり、胞子嚢胞子を形成する無性生殖の過程に移行し、この過程で融合に続く減数分裂の結果、単相となる。
 大多数の菌種が単相で栄養型増殖を続け、複相の状態は一時的にすぎないが、菌種によっては複相の状態で維持する。菌糸発育は、一般に旺盛である。
B子嚢胞子
 子嚢菌類のつくる有性胞子で、最も単純な子嚢胞子ascosporeの形成法は真正酵母に見られる。
 2つの相対する交配系が接触・接合し、1つの酵母細胞の核が他の酵母細胞の細胞質に入り、受容細胞が子嚢ascusを作り、両核が融合し、ただちに有糸分裂に移り、ついで減数分裂を行って1個の子嚢の内部に1〜8個の子嚢細胞を形成する。
 各子嚢胞子の核は、普通単相である。
 菌糸形成菌においては、この過程は複雑であって、たとえば皮膚糸状菌やBlastomyces属の完全期では、接合菌類におけるように、雄性の桿状の特殊菌糸構造である造(蔵)精器antheridiumが対立交配系に近接しつくられ、それを雌性の造(蔵)卵器archegoniumという構造が取り巻き、両者の細胞壁が破潰して細胞が接合し、いわゆるプラスモガミーを行う。
 雄性の核は造卵器内へ移動し、両核は接着し、それが多数造卵器から生じた分岐菌糸中へ移動する。
 このような菌糸部分を子嚢形成菌糸ascogenous hyphaと呼ぶ。
 一対の核がその菌糸の頂端に移動し、その部分は鉤状に湾曲し、隔壁を生じて重相dikaryoticの端末細胞の内部に閉じ込められる。
 有糸分裂、ついで融合核分裂が起こり、4核を生ずる。
 鉤形突起crozzierのその部分は隔壁によって3つの細胞に分かれ、頸部に1核、湾曲部に対立交配型の2核、頂端には頸部の核と対立する型の1核をもつ。湾曲部細胞の核は融合して複相の核を生じ、子嚢母細胞ascus mother cellと称するこの細胞は膨大して子嚢となる。
 減数分裂と子嚢胞子形成が、前述のようにして引き続き起こる。
 頂端細胞と頸部細胞は融合し、両者の核は対をなし、融合した細胞は膨大して鉤形構造を形成し、この全過程が繰り返されることになる。
 これが子実体fruit body、すなわち子嚢果ascocarpである。
 皮膚糸状菌では、子嚢果の菌糸の網目は疎であるために子嚢胞子は透けて見える。
 これを、裸生子嚢果gymnotheciumという。
 これに対して、Aspergillus属やPenicillium属の菌種にみられる子嚢果は、菌糸が密に錯綜して完全に閉鎖し、その表層が崩壊しない限り子嚢胞子が見えないので閉鎖子嚢果cleistotheciumと呼ぶ。
 Neurospora crassa(腐敗菌)などは、子嚢果の表層の小孔から内部の子嚢胞子が連続的に遊離するが、このような子嚢果を被子器peritheciumという。
 子嚢果がカップ状で広く開放しているものを裸子器(子嚢盤、盤子器)apotheciumといい、いわゆるcup fungiのPezizaなどにみられる。

C担子胞子
 担子菌類のつくる有性胞子である。まず胞子が発芽して単相核の一次菌糸(体)primary mycelium をつくるが、この菌類においては雌雄2つの性のみでなく、しばしば4種の交配型がみられる。
 対立交配型が接触し、菌糸の頂端どうしが接合するが、核触合は起こらないで重相(n+n)となる。
 両核は接合・核分裂の過程をとって同時ら分裂し、子嚢菌類の鉤形突起にみられる過程に類似する。
 核分裂に際して菌糸の側面から小分枝を生じ、その頂端は湾曲して同じ菌糸の近接部位に接触する。
 この小分枝をかすがい結合clamp connectionという。1つの核がこの結合の頸部に移動し、分裂する。
 紡錘状糸は菌糸頂端に向かう。
 1つの娘核が、こうしてつくられたかすがいにとどまり、他の娘核は頂端に移動する。
 この間、他の親核はその細胞の中心で分裂し、1つの娘核が頂端に移動し、他の娘核はだいたいものと位置にとどまる。
 かすがい結合の頂端と親菌糸との接合についで隔壁が形成され、また親菌糸を横断するもう1つの隔壁がつくられ、頂端細胞を区切る。かすがいの中でつくられた核は、他の交配系の娘核を含む最初の細胞へ再びもどる。
 このようにして、親の交配株を表す2つの核のそれぞれをもつ2つの細胞がつくられることになる。
 この全過程は新しい細胞がつくられるたびに繰り返される。このかすがい結合は、子嚢菌類の固定に重要な特徴を示すものである。このようにして得られた二次菌糸(体)secondary myceliumの重相の状態は菌種によっては安定で、長期間、ときに数年間も有性期が完了するまで継続する。
 つぎの棍棒状の末端細胞、すなわち担子の内部で前述の対となった核は融合し、減数分裂を経て4個の胞子、すなわち担子胞子basidiosporeが担子の頂端に生じた4個の小枝であるステリグマを介して外生的に形成される。
 大多数の担子菌類において、大形の子実体である担子器果basidiocarpが三次菌糸(体)tertiary myceliumの発育によって形成される。
 担子菌類における有性生殖の過程を把握することは、かつてはこの菌類には病原性を有するものがないとされていたにもかかわらず、近年明らかに病原性を示す菌類が見出されてきたこと、毒素産生菌種を含むこと、そして不完全菌類の菌種の中にこの菌類に所属すると思われる有性増殖過程が知られるようになり、この菌類の菌種の分類上に重要であることなどの理由による。

(3)無性増殖
 無性胞子の形状、大きさ、色素、形成形式、胞子着生菌糸の構造、形成時の配列などは、菌種同定の基準をなす。
 特に病原真菌では完全期はまれにしか見いだされず、その確認に長い期間を必要とすることが多いので、無性胞子におけるそれらの属性の把握は同定上肝要である。
 無性増殖の形式は多様であり、諸種の胞子がつくられる。胞子形成に関与する菌糸発育と、その結果としての菌糸構造も菌種によりそれぞれ特徴をもつ。

@胞子嚢胞
 接合菌類にみられる胞子である。この菌群は一般に綿毛状の菌糸発育を示す糸状菌であるが、多核性の菌糸体から直立した非分岐の菌糸である胞子嚢柄sporangiophoreを生じ、その先端において球状に膨大した嚢状構造、胞子嚢sporangiumをつくり、菌糸の先端はその内部にすこし突出した構造、中軸columellumをつくる。
 胞子嚢内部にその細胞質膜から皺襞が入り込んで分割していき、多核性の原生胞子protpsporeの状態となる。
 各部分は円形になり、さに核が数個に分裂して、細胞質の分割が起こり、多数の単細胞性の胞子である胞子嚢胞子sporangoisporeを形成するに至る。
 内生胞子endosporesの一種である。
 胞子嚢壁は早晩部分的に吸収される。もしくは破潰し、多数の胞子が外界へ飛散する。

A分生子(分生胞子)
   分生子(分生胞子)conidiumは、高等真菌群において菌糸の断裂segmentation、あるいは菌糸の先端または側面からの分芽によってつくられる無性胞子の一種である。
分芽によるそれを分芽胞子blastosporeという。胞子を着生させる菌糸が存在するときはこれを分生子柄conidiophoreという。
 分生子は球状、楕円形、円筒状などの外観を示し、細胞壁は一般に厚くない。
 Penicillium属菌種のように、分生子柄よりも長い分生子の連鎖をつくり、容易に離散するものもあれば(このような分生子を特にconidiosporeとよぶ場合がある)Sporothrix schenckiiの分生子のように、遊離しにくい菌種もある。
 分生子にはこれらの菌種の示す単細胞で小さい小分生子microconidiumと、複数の細胞で大きな大分生子macroconidiumの2つの型がある。
 後者は隔壁によって数室に区切られ、紡錘状を呈し、紡錘状胞子fuseauともよばれる。

B分芽胞子
 分生子の一種で、分芽にょってつくられる胞子である。子嚢菌類の酵母や不完全菌類のカンジダなどが形成する。

C厚膜胞子
  厚膜胞子chlamydosporeは、菌糸自体の単純な分化によって、その内部に形成される無性胞子の一種で、菌糸の幅より大きな球状構造である。菌糸の末端につくられる端在性厚膜胞子terminalchlamydosporeと、中間につくられる介在性厚膜胞子intercalary chlamydosporeとがある。
 菌糸の原形質の部分的移動、濃縮の結果、形成される。
 外表は厚壁で二重輪郭であるものが多い。Trichophyton verrucosumのように37℃において菌糸から遊離して連続的に分芽を行う場合がある。
 多数の真菌が厚膜胞子を他種の胞子とともに形成する。
 C.Albicansのように厚膜胞子形成がこの菌種の特徴の1つになる場合もあるが、多くの菌種では、その特徴とはならない。
 厚壁であるために物理的、化学的因子に対し抵抗性が他の型の胞子よりも強く、細菌における芽胞(胞子)に相当する一種の耐久体とみなされる。

D分節胞子
  同じく菌糸の直接分化により形成される無性胞子を分節胞子(節胞子)arthrosporeという。菌糸の一部が断裂して均等な大きさの1列の細胞の連鎖をつくり、やがて分離して、胞子の機能をおびるものである。Trichophyton、Geotrichum、Coccidioidesは、それぞれ円形、方円形および矩形の分節胞子をつくる。
  Coccidioidesの分節胞子は二重輪郭の厚壁をもち、厚膜胞子ともみられる。とくにC.immitisの分節胞子は諸種の物理的、化学的因子に対する抵抗力が強く、強力な病原性を発揮する。皮膚糸状菌では毛髪や皮膚に感染を起こすとき、分節胞子を豊富につくるものが多いが、培養ではこの型の胞子はまれにしか形成されない。

Eその他の無性胞子
  藻類や下等な菌類、たとえばミズカビ類では、遊走子zoosporeという無性胞子をつくり、鞭毛をもって水中を運動する。病原真菌においては、その他各種の無性胞子がつくられる。
 
(4)菌糸増殖
  栄養菌糸によって多種の特徴的な構造がつくられる。
 このような構造は増殖上の意義はないが、病原真菌の分化という点で意味がある。
 特に皮膚糸状菌において多様な特殊形態の形成が顕著である。

 @らせん体(螺旋器官)
  真菌のらせん体spiralは放線菌類のそれに似たらせん状の菌糸で、子嚢果を取り巻く子殻菌糸peridial hyphaの末端にみられ、また子嚢果や子殻菌糸を消失した菌種にもつくられる。多数の病原真菌がこの構造をつくるが、Trichophyton mentagrophytesに特に顕著である。

 Aラケット状菌糸
  有隔菌糸の各細胞がテニスラケット状を呈し、連鎖しているのでラケット状菌糸racquet hypha の名がある。多くの真菌でみられる。

 B櫛状菌糸
  菌糸の一側に小突起が不規則に生じ、こわれた櫛の外観を呈するので櫛状菌糸pectinate hyphaとよぶ。皮膚真菌、とりわけMicrosporum audouiniiに顕著である。

 C黄癬シャンデリア
  菌糸の一端に多数の短い分枝の先端が2又、3又と分岐し、それぞれの先端が膨大し、シャンデリアの外観を呈するので黄癬シャンデリアfavic chandelierの名がある。Trichophyton schoenleiniiにみられる以外、他の真菌はほとんどつくらない。

 D結節器官
  結節器官nodular organは、菌糸が湾曲、分岐を繰り返し相互に絡み合って擬塊をつくったものである。有性子実体の形成に移行する場合がある。T.mentagrophyes、Microsporum canisなどの菌種にみられる。

 E粉胞子器(粉子器)
  粉胞子器pycnidiumは子嚢菌類の被子器に類似した菌糸構造であるが、内部は無性的に生じた分生子で満たされ、子殻菌糸に囲まれた厚い外壁をもつ。T.mentagrophyesは、特定の培地でこの構造をつくることがある。


4:真菌の栄養、生理および代謝
(1)栄養と生理
@栄養
 真菌は葉緑素をもたず、栄養源として有機化合物を必要とし、従属栄養性である。
 比較的多量の炭素源を必要とし、炭水化物を最も利用しやすい。
 同化しうる炭水化物の種類は、菌種、菌株により異なるが、大多数はグルコースとフルクトースを最良の炭素源とする。
 五炭糖、エチルアルコール、メチルアルコール、有機酸、脂肪酸、パラフィン、多糖なども利用し、また炭酸ガスを直接利用する菌種もある。窒素源としては、アンモニア、硝酸塩のほかに窒素を利用する。タンパク、プロテアーゼ、ペプトン、ペプチド、アミノ酸なども利用するが、空中窒素を固定する真菌の存否については議論がある。  真菌の発育には、これらの炭素源、窒素減に加えてカリウム、マグネシウム、イオウおよび諸種のミネラルを必要とする。
 真菌の栄養要求性は一般に単純であって、有機炭素源と窒素源としてのアンモニアまたは硝酸塩を含む最小培地でよく発育し、胞子形成、分芽を起こし、菌体の構築と代謝に必須の有機化合物をすべて合成しうる
 。ただし、菌種によりある種のビタミン、普通サイアミンとビオチンの合成が不能で、このような菌種の発育には外部よりこれらのビタミンを補給しなければならない。
 培地の水分、水素イオン濃度、温度、湿度、通気、光線などの環境因子も真菌の発育と生殖過程に影響を及ぼすが、これらの物理的要因に対する要求性は菌種により、また同一菌種でも生活環の時期により相違する。
 しかし、全般的にいえば、真菌は一般的には偏性好気性であって、その培養には通気をよくすることが必要である。
 また水分の多い弱酸性の培地と比較的高い湿度と25〜30℃範囲の温度の環境が好適である。
 酵母その他一部の真菌は通性嫌気性であるが、偏性嫌気性の真菌はない。
 Cryptococcus neoformansのように、37℃において上記の温度とほぼ同様の発育を示す場合、それは病原性の1つの基準とされているものもある。
 50℃もしくはそれ以上の温度にも発育しうる菌種もあり、高温真菌thermophilic fungiとよぶ。
 弱酸性あるいは高塩濃度の培地によく発育する菌種もある。ただし、これらには病原菌は含まれない。

A代謝
 真菌は前述のように従属栄養性であるから、高エネルギー物質を基質として好気的条件下での呼吸、嫌気的条件下での発酵により、これを分解してエネルギーを獲得する。
 基質の主要なものは糖質であり、好気的ならびに嫌気的酸化を行う。真菌の産生する主要代謝産物としては、アルコール、硝酸、クエン酸、イタコン酸、諸種の酵素、ビタミン、ステロイド、脂肪、多糖、色素、抗生物質、毒素などである。
 乳酸をつくる菌種は少ない。
 真菌の代謝活性は多様である。Buchnerは酵母の無細胞抽出液がスクロース発酵の活性をもつことを見出し、酵素の実体が確認されたことによって、分子生物学や遺伝生化学の発展、さらには生命現象の探究への途を拓いた。
 真菌は真核性物として、細菌にどの原核生物との比較において、酵素の合成やその活性の調節機構について研究が進められている。
 細菌と同様に酵素の誘導、抑制がみられるが、ヒスチジン合成系などの酵素系に関係する構造遺伝子はゲノム全体に分散し、オペレーター遺伝子やオペロンを認めたがたい。
 真菌の遺伝学的研究には、Saccharomyces cerevisiaeやNeurospora crassaが材料として盛んに用いらている。


5:真菌の遺伝

 多種多様な真菌の分類・同定には遺伝学的研究が必要であるが、それは栄養細胞ならびに生殖細胞の構造、さらには生殖様式に基づく。したがって、生活環の様式を把握しなければならない。
 その手段としては、核相nuclear phase もしくは核組成nnuclear composition、突然変異種の作製、交雑形成および分離後代の解析が用いられる。

(1)生活環と核相
真菌の生活環における核相の変化として、単相halophase、複相diplophaseおよび重相dicaryophaseがあり、特に真菌特有の重相が含まれることは、真菌生活環を複雑にしている。
 
(2)遺伝学的解析法
 真菌の遺伝学的研究の方法としては、通常ミクロマニプレーターを使用して単核単相の細胞を得、これから特定の菌株もしくは突然変異株を分離してこれを材料とする。
 この目的には分生子、これを形成しない菌種では減数分裂時につくられる子嚢胞子、担子胞子などが用いられる。
 有性期を検出しえないとき、その菌種は無性の生活環に終始するとみなされることになるが、本来、無性菌種でありながら有性期をもちうる菌種もあることはすでに述べたとおりである。
 後者については、その遺伝子的研究方法として、以前は自然突然変異を証明するか、変異誘発物質によって突然変異株つくらせるかによったが、最近、無性菌種の遺伝子組換えについて、その擬似有性生活環parasexual cycle の証明、すなわち有性期の検出に依存することなく、問題とする菌種の生活環の過程でこれを証明しうるような方法が導入されるようになった。
 子嚢菌類や接合菌類のなかには、核融合の直後、減数分裂とそれに伴って特殊形態がつくられ、その結果として単相の生活環の菌種はその短い期間の複相と区別することが可能である。
 たとえば、Saccharomycesについて単相−複相および分芽によって増殖する栄養細胞の生活環が観察される。
 真菌の遺伝学上重要な第2の解析方法としては、交配系mating systemによる。
 完全菌では、2つの基本的な交配系としてホモタリズム(同体性、同株性)homothallismとヘテロタリズム(異体性、異株性)heterothallismとがある。(接合胞子の項、参照)前者は1個の減数分裂産物がその葉状体thallusを生じ、それが結実体をつくって生活環を完成するのに対し、後者では、異なった減数分裂産物から生じた葉状体が、受精のための接合核もしくは接合子をつくり、生活環を完成しなければならず、その結果として異系交配outbreedingとなり、遺伝学的異質性genetic heterogeneityをきたす。

(3)突然変異と随伴現象

 真菌における突然変異は、表現型の変化として3種の型、すなわち
    @分生子の色調、集落の形態のような可視的変化、
    A栄養不全
   、B発育阻止物質ないしは殺菌性物質、たとえば抗真菌剤、代謝拮抗物質などに対する抵抗性の変化
 としてみられる。
 毒力の低下ないし消失に関する変異は、医学的には特に重要である。ある阻害物質に対して耐性の変異株は集落の色と形の変化を伴うことがあり、特に胞子の色と集落の形態の変異は交雑後代にしばしばみられる。
 色に関した変異株の発育は普通野生型と異なることはないが、集落の形の変異株は発育が低下する。
 分生子の色の変異は、たとえばAsergillus Fumigatus のヘテロカリオーシス(異型接合、異核接合)heterokaryosisiおよび擬似有性生活環の証明に用いられる。
 栄養欠損変異株は完全培地に発育しても、適当な補助物質を含まない最小培地では発育しえず、このような栄養要求変異株の補助物質は、アミノ酸、プリン、ピリミジン、ビタミン、発育素などである。病原真菌の栄養要求変異株は、宿主がその体内で菌発育を可能にする補助物質を利用しうるようなかたちで提供しないかぎりは、病原性を示しえない。
 抗真菌剤に対する耐性株は、その薬剤の適当濃度を含む培地に大量の胞子をプレートすることによって得られるが、その難易は抗真菌剤による患者の治療中に得られる耐性株分離の難易とおおむね平行的関係にある。
 真菌は一般に抗真菌剤に対してinvitei でもin vivoでも耐性を獲得しにくい特徴を有するが、fiucytosine(化学療法の章 参照)のみは例外で、感受性真菌が本剤に対し、in vitro、in vivoともに比較的容易に高度耐性になる。
 主として糸状菌において、集落の表面がいわゆる毛羽立つ現象(気中菌糸が色素産生能を失って伸長し、分生子形成が低下する)がしばしば起こり、これを多形(態)性pieomorphismとよぶ。
 このような変異は、同時に病原性の低下を伴う。
 病原真菌の遺伝学的研究は、対象とする不完全真菌の少なからざる菌種について完全期が証明されるようになって以来、進歩しつつあり、たとえば多形性についても遺伝学的な解明が行われているし、病原真菌の毒力を規定する諸因子についてもようやく遺伝学的なアプローチが行われ、加えて生化学的な検討が進められてきた。
         


B:真菌症の臨床
 1:カンジダ症
         
 2:その他の真菌症