脳血管障害とは


脳血管障害を厳密に定義すると,
「脳血管の病理学的変化,灌流圧の変化あるいは血漿,血球成分の変化などにより,脳に一過性ないし持続性の虚血または出血が生じたもの」となる.
この場合,脳とは大脳,小脳,脳幹部,髄膜の全てをさし,単に大脳半球のみを意味するものではない.

症候性脳血管障害の原因別臨床分類

 A.脳蓋内出血
   1.脳内出血
       a)被殻出血   b)視床出血   c)尾状核出血   d)皮質下出血
       e)橋出血その他の脳幹出血   f)小脳出血     g)Willis動脈輪閉塞症(もやもや病)における出血
       h)その他(腫瘍内出血,脳静脈閉塞症による出血ども含む)
   2.くも膜下出血
       a)脳動脈瘤破綻   b)脳動静脈奇形破綻   c)高血圧,脳動脈硬化による出血
       d)出血性要素    e)外傷     f)脳静脈・静脈洞閉塞症からの出血
       g)脳室近くの脳実質内出血でくも膜下に穿破し単状を呈さないもの    h)その他
   3.硬膜下血腫
   4.その他





 B.閉塞性脳血管障害
   1.脳梗塞
      a)脳血栓症  b)脳塞栓症  c)血管攣縮   d)圧迫  e)炎症性疾患   f)脳静脈閉塞症
      g)Willis動脈輪閉塞症(もやもや病)   h)その他
   2.一過性脳虚血発作
   3.Reversible Ischemic Neurological Deficit(RIND)  (最近この病名は余り使われない)

 C.脳血管不全症(灌流圧の著明な低下,autoregulation障害によるびまん性または局所性脳循環障
   1.内頸動脈系
    2.椎骨脳低動脈系
   3.両者の合併
 
 D.高血圧症脳症
 
 E.脳血管奇形,発育異常ほか
   1.脳動脈瘤
   2.脳動静脈奇形
   3.頸動脈海面静脈洞性痩孔
   4.原始動脈遺残
   5.Willis動脈輪閉塞症(もやもや病)(明らかな出血・梗塞を呈さない場合)
    6.fibromuscular dysplasia
   7.その他

 F.脳静脈・静脈洞閉塞(明らかな梗塞,出血を伴わな い場合)
   1.原発性
    2.続発性
 G.炎症性疾患(明らかな梗塞,出血を伴わない場合)
   1.側頭動脈炎
   2.血管梅毒
   3.その他

 H.その他(分類不能)の脳血管障害

脳血管障害の危険因子(リスク・フィクター)

@高血圧 
わが国の脳血管障害発症の危険因子として最も重要なのは高血圧である.
収縮期・拡張期血圧,いずれの上昇も,脳出血,脳梗塞両方の発症頻度を増加させる.
少なくとも高度の高血圧に対する降圧療法は,脳卒中の発症率を低下させることが証明されている.
 
A心疾患 
心疾患をもつ患者は,もたない患者に比べ脳卒中発症の危険が2倍以上に高い.
心房細動のみでも十分危険因子となりうる.
心電図上の高R波,ST変化も脳梗塞発症と有意の関係があるとされる.

B糖尿病 
糖尿病患者は,非糖尿病患者に比べて脳梗塞発症率が約4倍高い

C高脂血症 
心疾患とは異なり,高コレステロール血症,高トリグリセライド血症,低HDLコレステロール血症などと脳卒中発症との間には,有意な関係は認められていない.
LDLコレステロール値が脳梗塞の危険因子になりうるという報告もあるが,わが国では確認されていない.

D多血症・血液粘度上昇 
一般に多血症,脱水などの高ヘマトクリットの状態は,赤血球凝集亢進にも関係して血液粘度上昇を生じ,梗塞の原因となると共に,発症時に血液粘度上昇があると,予後は不良になる傾向がある.
 
E飲酒・喫煙 
アルコール摂取は脳出血,慢性硬膜下血腫,およびおそらくくも膜下出血の発症を増加させる.
アルコールによる不整脈の発現は,脳梗塞の危険も増す.
喫煙は脳血管障害の危険を増す可能性が最近指摘され,また喫煙は高ヘマトクリットを起こし,血液粘度を上昇させる.
 
F肥満
脳梗塞と肥満が関係あるとされるが,これは肥満者には高血圧が多いためかもしれない.

G経口避妊薬
経口避妊薬は血液凝固能を高めるので,その使用は脳梗塞が発症しやすい.

H季節・気候
寒冷地に脳卒中の発症が多く,冬には特に脳出血が多い傾向がある.




Aー1 脳内出血  (Cerebral hemorrhage=CH)

成因 
脳実質内の出血は種々の原因で起こるが,そのなかで頻度も多く重要なものは,高血圧性脳出血である.
そのほか,嚢状動脈瘤破裂,脳動静脈奇形の破綻,外傷,血液疾患(白血病・再生不良性貧血,血小板減少性紫斑病など),動脈炎,老人ではアミロイド・アンギオパチーamyloid angiopathyなども原因になりうる.
血圧も正常で,動脈瘤や脳動静脈奇形も証明しえないもので,突発性脳出血spontaneous intraceredralhemorrhageとよばれる脳出血もまれに存在する.
30歳代の男性に多く,臨床的にとらえることのできないほど小さな脳動静脈奇形などの破綻によるものと考えられている.

好発部位
高血圧性脳出血の部位は,被殻あるいはレンズ核(45〜55%),視床(30〜35%),皮質(5〜10%),小脳(2〜5%),橋(3〜6%)である.

臨床所見
@被殻(外側型)出血 putaminal(lateral)hemorrhage
脳出血のうち最も頻度の高いものである.
血腫は隣接する内包を障害し,片麻酔は始め痙性であるが,内包後脚が完全に破壊されると弛緩性になる.
意識障害も当初はないか,軽いが,次第に進行し,昏睡状態に陥ることが多い.
病巣をにらむ共同偏視(conjugatadeviation of eyes)(病巣反対側への側方注視麻痺ともいえる)を呈することも多い.
そのほか,感覚障害,同名性半盲,更に優位半球出血では失語を認めることがある.
血腫がレンズ核部に限局するものは,意識障害や頭痛もなく,生命および片麻痺の予後は良好である.
A視床(内側型)出血 thalamic(mesial)hemorrhage
内包の内側に位置する視床の出血で,当初は意識障害はないかあっても軽いものが多い.
しかし,急激に昏睡に陥る症例もある.
多くは出血の影響が直接ないし間接的に内包に及び,片麻痺,感覚障害を呈する.
B橋出血 pontine hemorrhage
典型的では数分で深い昏睡に陥り,四肢麻痺,除脳硬直を呈する.
眼球は正中位にあり,著しい縮瞳pinpoint pupilsを示すが,対光反射は保持されている.
眼球が急速に下転し,その後ゆっくりと元の位置に戻るocular bobbingや斜偏視skew deviationを呈することもある.oculocephalic反射は消失する.
脳出血のうちで最も重篤で予後が悪い
C小脳出血 cerebellar hemorrhage
激しい嘔吐,後頭部痛,回転性めまいなどで発症し,くも膜下出血とも多少似た症状を呈する.
しかし発症時には意識障害はなく,四肢に麻痺はないのに起立,歩行が障害されていることが特徴である.
眼球は病巣と反対側を偏視したり,病巣側への共同注視麻痺を示す.縮瞳していて,対光反射は保たれる.
D皮質下出血 subcortical hemorrhage
頭痛で発症することが多く,その後は,血腫が大きくなるにつれて,片麻痺,半身感覚障害,異常言動,失語など出血部位に応じた症候や,意識障害などを呈してくる.
高血圧症のない者では動静脈奇形,出血傾向などが出血の原因となる.
高齢者ではアミロイド・アンギオパチーによる出血が多い.
E尾状核頭部出血 
脳出血全体の1〜2%とまれである.
血腫が脳室に穿破する時は頭痛が突発し,吐き気,嘔吐を伴い,局所症候を呈さないこともあるので,くも膜下出血との鑑別がむずかしい.

検査所見
@CT 
補助診断として最も有用なのはCTで,出血直後から血腫はX線吸収の高い(白い)陰影high densityとしてCT上明瞭に認められる.
AMRI
脳出血の急性期には,T1強調画像では血腫の存在や大きさがはっきりしないことがある.
しかし経過と共に脳浮腫が出現しはじめると,その描出にはMRIは威力を発揮し、またCTでは慢性期の血腫は不明瞭になるが,MRIでは血腫が吸収されて膿腫になったものでもはっきりその姿をとらえることができる.

予後 
生命の予後が悪い脳出血をまとめると,
   1)発症後1時間以内に急速に進行し深昏睡に陥るもの
   2)大きな橋出血
   3)小脳出血で昏睡に陥るものなどである
   4)二次的な脳幹障害の微候を呈するもの
 などである

治療 
@急性期の内科的療法 
重傷者では呼吸の管理,酸素吸入,輸液,栄養補給,感染予防(呼吸器および尿路,褥瘡)のための処置(体位変換など)と抗生物質を使用する.
まず脳圧降下薬(脳浮腫の除去)としてはグリセロール,マンニトールが用いられる.
A外科的療法 
脳血腫の病態は血腫形成によってひき起こされるので,出血を止め,血腫を除去すれば,生命の危険性を救い,後遺症も少なくすると考えられている.



A-2:クモ膜下出血 (Subarachnoid Hemorrhage=SAH)

概念
脳や骨髄は外側から硬膜,くも膜,軟膜の三層の膜により被われている.
くも膜下出血とは,広義には,くも膜下腔(くも膜と軟膜の間の腔)に出血するすべての状態を指す.
外傷などによるものを除く,
脳の原発性くも膜下出血の原因として重要なものは,脳動脈瘤の破綻と,能動静脈奇形からの出血である.
前者は,くも膜下出血の75〜90%以上を,後者は5〜10%を占めている.
実際には脳実質内出血でも出血の部位によっては原発性くも膜下出血と同じような臨床症候を呈することもあり,逆に脳動脈瘤の破綻でも主に脳実質内に出血することもある.
脳出血とくも膜下出血とは,一括して頭蓋内出血intranial hemorrhageとよばれているので,鑑別困難なものは頭蓋内出血として扱う.
いずれにしても,くも膜下出血というのは一つの病態を示しているにすぎず,的確な診断名とは言いがたいので,その定義にあまりこだわる必要はない.
くも膜下出血であれば,脳動脈瘤破綻か,脳動静脈奇形からの出血かなど,その原因を追求してこそ,本来の診断名に到達しないといえよう.

原因(脊髄性くも膜下出血は除く)
  1.脳動脈瘤
  2.脳動静脈奇形
  3.高血圧性/動脈硬化性出血
  4.頭部外傷
  5.その他
      a)出血性素因
         @)血小板減少:白血病,再生不良性貧血,ITP,TTP,悪性リンパ腫,悪性貧血,血友病
          A)凝固異常:肝疾患,抗凝血薬服用
      b)腫瘍
           神経鞘腫,髄膜腫,脈絡そう乳頭腫,転移性脳腫瘍など
       c)脳および髄膜の炎症性疾患
           細菌性,結核性などの髄膜脳炎
       d)脳静脈閉塞症
      e)妊娠の合併症
      f)アレルギー性血管炎:PN,SLE,Schonlein-Henoch紫斑病
      g)その他:日射病,壊血病,インスリン療法など
  6.原因不明 

好発年齢

くも膜下出血は脳血管障害の約10%を占め,脳動脈瘤は40歳から60歳に多いが,能動静脈奇形からの出血はもっと若く,20〜40歳に多い.
わが国のくも膜下出血による死亡総数は,年間ほぼ5,000人である.

臨床所見
@発症時症状
突発性の頭痛,ことに後頭部の激痛で始まることが多く,吐き気,嘔吐を伴う.
頭痛の程度を患者は今まで経験したことがない程激しく,かなづちで叩かれたようなとか,頭の中で何かが爆発したような,などと表現する.
重症なものでは5分以内に急死することもある.
意識障害は約半数近くにみられるが,多くは一過性で,数分ないし1時間以内で回復する.
しかし錯乱や健忘が1〜2日持続することもある.
A他覚的症候
他覚的には項部硬直,ケルニッヒ(kernig)徴候,Brudzinski現象がみられる.
しかし意識障害を伴う重篤例では不注意に頭部を前屈されると呼吸停止が起こることがあるので,項部硬直の検査は慎重にすべきである.
初期には多少とも神経学的な左右差を示したり,片麻痺,失語,共同偏視,同名性半盲,感覚障害などを認めることもあるが,これらも一過性であることが多い.
B持続性の局所徴候
しかし,脳実質の出血や血管痙攣vasospasmによる脳虚血により,持続性の局所徴候を呈することもある.
原因が動脈瘤である場合,その症候により,次のような部位の動脈瘤が疑われる.
   1)動眼神経麻痺(眼?下垂,散瞳,複視)があれば内頚動脈の後交通動脈分岐部.
   2)発症時に下肢が一側または両側で一過性麻痺を呈すれば前交通動脈.
   3)精神症状を主体としたり,無道,無言や無為abuliaを呈していれば前交通動脈が疑わしい.  
   4)片麻痺や失語があれば中大脳動脈(特に失語は左中大脳動脈).
   5)一側の失明や視野,視力障害は内頚動脈の眼動脈分岐部を疑わせる.
動静脈奇形によるものは若年で発症し,てんかん発作のが既往あり,片麻痺,精神障害を示すことがある.
頭部あるいは眼瞼上での聴診により,時にbruitを聴取する.
C警告症状
大出血前に動脈瘤からの微量の出血があり,局所性あるいは全般性頭痛,眼痛などをきたすこともある.
このように大出血を起こす何日か前から,頭痛を主とした初症状ないし前兆症状を示すことを警告症状warning signとよんでいる.

検査所見と診断
臨床上,本症が疑われたならば,髄液検査またはCTスキャンで,くも膜下出血か否かを判定し,脳血管撮影でその原因を明らかにする.
その他の検査は補助的である.
@CT
くも膜下出血による高吸収域は発症直後により1週間以内は高率に認められるが,それ以降はほとんど検出しえなくなる.CTはくも膜下出血に随伴する脳内出血や脳梗塞の診断にも有用である.
A髄液検査
強い血性を示す.髄液検査の手技上の失敗でおこる外傷性穿刺traumatic tapとの鑑別は,くも膜下出血であれば,
    1)遠沈した上澄にもキサントクロミーを認める
    2)3本の試験管にとると,そのヘマトクリット値が同じであるなどの特徴から可能である.
キサントクロミーは出血後約4時間からみられ,2〜4週間で消失する.
B脳血管撮影
両側頚動および椎骨動脈の撮影four vessel angiographyが必要である.
C眼底検査
網膜前出血preretinal hemor-rhhage,(硝子体下出血subhyaloid hemorrhage)を呈することがあり,網膜の血管をおおうようにして,表面平滑で境界鮮明な出血がみられる.
この出血は発症後1時間以内に出現する.
D心電図 
初期に異常Q,ST上昇,冠性Tなど心筋梗塞を思わせる所見を呈することがある.
E一般検査 
一過性糖尿,蛋白尿,白血球数の増加(15,000〜20,000),低Na血症などを認める.

鑑別診断
脳出血のうちでは尾状核部出血,小脳出血,視床出血とくも膜下出血との鑑別が臨床症状のみからは時に困難であるが,CTで区別できる.
脊髄性くも膜下出血は,初期に頭痛がない点が通常のくも膜下出血と異なる.
脊髄性のものでは意識障害を呈さない.

経過と予後
本性の経過の特徴は,再発傾向が大きく,再発により予後が著しく悪くなることである.
動脈瘤では70%が,動静脈奇形では30%が再発する.
脳動脈瘤の破綻による死亡は,初回発作でその10〜15%であるが,再発では40〜50%に達する.
脳動脈瘤破綻の再発は4週以内に多く,最も多いのは初回出血後1週間以内,特に24時間以内である.
血管攣縮による脳梗塞の合併は第4-14病日に多い.
脳血管撮影で動脈瘤を認めないものでも,動脈瘤は完全には否定できないが,一般にその場合は予後は良好である.
 
予後
目安になるものにHuntとKosnikの分類があり,重傷度が高い程、予後不良の傾向がある.
もっと単純にCTスキャンでくも膜下腔の出血量が多い程,患者は重症で脳血管攣縮がおきやすいと考えてもよい.

治療
@内科的療法

内科的治療のみで終始するのは,
   1)脳血管撮影で動脈瘤も動脈派奇形もないとき
   2)手術不能な部位に病巣があるとき
   3)高齢者および全身状態が重篤なときなどである.
大きな出血例では,発症後4週間以内は絶対安静とし,排便時の怒責を禁じ,便秘のときは緩下剤を用いるが,注意して浣腸を行う.
必要により鎮静薬,鎮痛薬を使用する.
高血圧には降圧薬(ニフェジピンなど)を用い,血圧を160/100oHg程度にまで下げる.
腰椎穿刺は診断上必要なときに1回試みるのみで,その後はなるべく避け,CTがない時の再出血の検討など,やむをえないときにだけ行う.
出血予防に止血薬,ことに抗プラスミン薬(トランサミンなど)を用いる.脳浮腫には脳圧降下薬を用いる.
A手術適応 
動脈瘤破綻が原因のくも膜下出血には,原則として再発予防のための外科的手術を行う.
しかし動脈瘤破綻急性期は手術による危険性が高く,脳血管攣縮が増加したり,また脳浮腫があるため手術も困難である.
一方,日時がたつと手術前に再発の危険性が大となる.
このため,手術の時期については早期に行うべきだとする立場と,2〜3週間後にすべきだという立場があった.
しかし発作後24時間以内は脳血管攣縮もあまり起こらないので,現在は容態がよければ48時間以内の早期に手術する傾向にある.
手術方法と動脈瘤の部位によって異なるが,頭蓋内直達手術頚動脈結紮が行われている.
1)頭蓋内直達手術
今日では主に頭蓋内直達手術が用いられており,動脈瘤頸部のクリッピングを原則とし,それが不可能なときに合成樹脂を塗るcoating,また,筋肉片,筋膜などで包み込みwrap-coatingを行う.
現在は顕微鏡的手術手技の進歩により,直接手術の成功は良好となった.
2)頚動脈結紮
直接手術ができないときには頚動脈を結紮し,動脈瘤の縮小,血栓形成を期待する.
動脈瘤破綻後に,慢性閉塞性ないし交通性水頭症または正常圧水頭症normal pressure hydrocephalusを生じ,持続的な意識障害をきたすことがある.
このときには脳室一腹腔間シャントの形成が必要である.
脳動静脈奇形は直達手術により切除する以外に根治法はない.
巨大なもの,部位的に直達しえないものは手術不能である.
脳動静脈奇形によるくも膜下出血は比較的生命予後がよいので,保存的療法によりできるだけ神経脱落症候,一般状態の改善を持って手術の適応の有無を検討する.
B生活指導
外科的治療の適応がなく,内科的治療のみで経過をみるときは4週間安静にさせ,容態が良いものは徐々に活動を許可し,4か月で復職させる.
過労をつつしみ,高血圧症には適切な生活指導をする.




B:-3:慢性硬膜下出血 (Chronic Subdural Hematoma)

概念
頭部外傷によって大脳皮質から硬膜静脈洞への架橋静脈parasagittal bridging veinがちぎれて出血し,くも膜と硬膜との間隙に血腫を形成する.
血腫の硬膜側被膜は小血管に富み,この血管が血腫内腔に出血をくり返すために徐々に血腫は成長し,受傷後一定期間(3週間以上のものを慢性と称する)を過ぎて症状があらわれる.
血腫は前頭葉の表面に多く,20%は両側性である.

好発

男性に圧倒的に多く(性ホルモンの関与),大量飲酒者(アルコール肝障害による凝固異常)に少なくない.
外傷を記憶しない例,気にしない程度の軽い頭部打撲のこともある.
血液疾患,抗凝固療法,血液透析患者にもみられる.
頭部外傷のない特発性慢性硬膜下血腫(動脈奇形,脳浮腫など)もある.

臨床所見
大半が60歳以上の中高年者に起こり,90%は男性である.受傷数週〜3か月後から,頭痛あるいは記銘力障害,無関心,失見当識などの精神症状,認知賞様症状で発症する.
意識レベルの低下(傾眠程度)をきたすものもあるが,局所神経症状を欠くことが少なくない.
ときに不全片麻痺,複視が出現する.本症の特徴はこれらの症状が動揺性で,しかも徐々に進行する.
頭蓋内圧亢進症状を呈するまで放置されることは今日稀になったが,老年者に比べて若年者では症状が出やすい.
両側性の神経症状を呈するときは,血腫が両側にある可能性がある.
うっ血乳頭は高齢者では欠くことが少なくない.





B 脳梗塞
  (Cerebral lnfarction=CI)

概念
脳のエネルギー代謝は血液によって運ばれてくるブドウ糖と酸素によって主として営まれている.
したがって脳血管の閉塞,狭窄あるいは他の原因により脳血流が著明に低下すると脳組織にエネルギー代謝障害が生じる.動物実験でもいかに条件を良くしても60分以上血流が遮断されると,脳に不可逆性の障害が生じることが知られている.
脳血流量が正常の25〜30%以下になると,その部位の機能は障害され(不完全梗塞imcomplete infarction),10〜20%以下になると組織学的に不可逆性の変化(梗塞infarction)が生じる.
脳代謝の面からみると,代謝が50%以下になると脳神経機能が障害され,15%以下になると梗塞に陥る.

分類 
脳梗塞はその成因により,以下のように分けられる.
   (1)脳血栓症:主としてアテローム硬化症による脳血管の一次的閉塞
   (2)脳塞栓症:心臓,大血管などに由来する栓子による閉塞
   (3)その他の原因によるもの




B-1:脳血栓症  (Cerebral Thrombosis)

臨床所見
脳血栓症の大部分は脳動脈のアテローム硬化症によるものである.
内頸動脈,椎骨動脈,脳底動脈,中大脳動脈などの皮質枝系動脈などの皮質枝系動脈では,アテローム硬化症による血栓症が多く,その末梢に血栓梗塞症を起こすこともある.
脳実質に入り込む穿通枝動脈の終末部では,高血圧症と特に関係が深い細動脈硬化症による血栓が多い.

検査所見 
@CT 
梗塞巣はCT上,X線吸収の低い陰影lowdensityを示し,通常発作24時間目頃から出現する(すなわち脳梗塞発症直後のCTは殆んど異常なしか,異常があっても脳浮腫により脳溝がみえ難くなっていたり,midline shiftを示す程度の所見であることが多い). 
AMRI
虚血性脳病変(梗塞)はMRI上,T1強調画像で低信号(low intensity),T2強調画面で高信号(high intensity)領域として描出される.

経過と予後 
脳の主幹動脈の閉塞,例えば中大脳動脈閉塞で,大きな梗塞を生じれば脳浮腫が増悪し,死亡することがある.
このような症例では意識障害が生じ,脳浮腫の結果,脳ヘルニアにより二次的な脳幹障害の症候を呈する.
脳底動脈血栓症は突然に昏睡に陥り,死亡するものが多いが,生存しえたものでは無動性無言akinetic mutisn,または閉じ込め症候群locked-insyndrome(33頁参照)に陥ることがある.

治療 
@急性期の内科的療法
梗塞巣には脳浮腫を伴うのでグリセロール(脳圧降下薬)が広く使用されている.
抗凝血薬や血栓溶解薬は漸次進行性脳梗塞progressing strokeの症候発展を阻止するとの報告もあるが,症候完成後しばらくたってからでは殆ど無効とする意見が強い.抗凝血薬としてはヘパリン,ワーファリンなどを用いる.
血栓溶解薬としてはウロキナーゼやt-PA(tissue plasminogen activator)などが用いられている.
A慢性期の内科的療法
慢性期の内科的治療で最も大切なのは再発予防であり,それには血小板凝集阻止薬(アスピリン,チクロピジンなど)を使用する.
また自他覚症候の改善のため脳循環代謝改善薬も用いられる.
合併症の治療にも留意すべきである.
B外科的療法
頸部内頸動脈閉塞ないし高度の狭窄症には,血栓除去術が行われる.
リハビリテーションおよび物理療法 臥床期には体位変換,良肢位保持を行い,可能ならば,発症2〜3日以内に麻痺肢の関節を自動ないし他動的に可動させることからリハビリテーションを開始する.
C生活指導
再発予防のために不摂生を禁じる.
高血圧,糖尿病,高脂血症に対する食事指導も重要である.
慢性期の重症高血圧には降圧薬を使用するが,血圧の下がり過ぎは脳梗塞の再発や自覚症状の増悪をまねくので注意したい.
過剰な鎮静薬の使用も避けるべきである.




B-2:脳塞栓症  (Cerebral Embolism)

成因 
脳塞栓症を起こす栓子は,ほとんどは心臓内や頸部動脈,大動脈弓の血栓が剥離。
空気,脂肪,腫瘍細胞による塞栓もあるが,まれなものである。
@原因になる心疾患
   1)リウマチ性心臓弁膜症(僧帽弁狭窄症が最も多い)
   2) 心房細動(僧帽弁狭窄,虚血性心疾患によるものが大部分,栓子は心耳atriai appendage 内の壁在血栓)
     洞不全症候群sick sinus syndrome
   3)壁在血栓を有する心筋梗塞
   4)急性および亜急性感染症心内膜炎
   5)非感染症または消耗性心内膜炎marantic endo-carditis,これは癌に合併することが多 い
   6)心臓外科ことに弁置換術
   7)左房粘液種
   8)僧帽弁逸脱症
   9)特発性心筋症
   10)その他
Aまれな脳塞栓症の原因
   1)頸部動脈,大動脈,肺の手術,外傷
   2)大動脈,頸部動脈の粥状硬化プラークおよび動脈瘤
    3)空気塞栓
   4)脂肪塞栓
   5)静脈源性の奇異塞栓
   6)膿腫塞栓
   7)大動脈狭窄上部の拡張部における血栓
   8)肺動静脈痩
   9)珪肺,結核
  10)肺動脈血栓
  11)膠原病
  12)脳血管撮影合併症
  13)その他
静脈ことに下肢静脈に生じた血栓が脳塞栓症を起こすのは,奇異性塞栓症paradoxic emobolismとよばれ,左右心の間に異常交通があるときなどに起こる.
塞栓による梗塞は約30%が出血性となる.
その主な原因は塞栓による閉塞部が再開通をおこして梗塞部に多量の血液が再び流れ込んだ場合である.
再開通した場合の栓子は多くの場合,小片になって,さらに末梢に流れ去る.

臨床所見
脳塞栓症による症候は,strokeのうちでもその発現が最も急速で,数秒ないし数分以内に完成し,ゆっくり進展することはほとんどない.
発作は昼夜を問わず起こりうる.
脳の主要動脈閉塞による症候は脳血栓症(表27)と同じであり,その分岐部の閉塞も多い.
 閉塞部が再開通すると,しばしば出血性梗塞に移行することは前述したが,大きな出血性梗塞は時に脳室に穿破し,意識障害などの臨床症候の増悪をもたらす.

検査所見
本症の髄液は発作24時間以内はほとんど清澄である.
出血性梗塞を起こすと,発作2〜3日目をピークに髄液はごく軽度の血性またはキサントクロミーを呈することがある.
亜急性細菌性心内膜炎による塞栓では,髄液中の白血球数,蛋白含量が増加することがある.
本症では,心電図検査,心CT,超音波による心エコー,頸動脈超音波検査,血管雑音聴取などの検査が必要である.
CTおよびMRI所見はすでに述べた脳血栓症の場合と同一であるが,穿通枝よりも皮質枝の領域の梗塞巣を示すことが多く,血栓症よりも重篤な脳浮腫,脳ヘルニア所見を呈することもまれではない.
出血性梗塞のCT所見はにlow density のなかにhigh density の出血巣を認める.
脳血管撮影では早期に行なわない限り,動脈閉塞を認めないことが多い.
これは塞栓による閉塞部はしばしば再開通するからである.

診断
脳塞栓症の診断は,その症状のtemporal profileが特徴的であるので,成因となる基礎疾患の有無とあわせて診断する(原因となる基礎疾患を参照).

予後
経過及び予後は脳血栓症と同じである.
出血性梗塞を呈し強度の脳浮腫を伴ったものは一般に予後不良である.
生命の予後には塞栓の再発と基礎疾患の重症度も大きく関係してくる.
初回発作後,数日ないし数週間以内に再発する事がある.再発例は予後が悪い.

治療
@急性期
脳血栓症の治療と原則的に同じである.
グリセロール(脳圧降下薬),脳代謝改善薬などが広く用いられている.
血栓溶解薬は出血性梗塞を誘発するおそれがあるので超早期を除いてはその使用には疑問があり,使用しない方がよいとされるが,t-PAの効果に関しては現在検討中である.
心房細胞,心筋梗塞,弁置換術を受けたものなどでは再発予防のため,抗凝血薬が長期間投与される.
しかし急性期には出血性梗塞の危険を十分考慮すべきである.
心原性以外の脳塞栓には血小板凝集阻止薬(抗血小板薬)が使用される.心原性のものにも血小板凝集阻止薬が有効か否かは未だ結論が出ていない.



B−3:ラクナ(ラクナ症候群)  Lacune(Lacunar syndrome)

概念
ラクナは近代ラテン語のlacuna(小さな穴,水が溜った穴などの意味)を語源とし,1843年DurandFarde1の脳梗塞の病理所見を論じた文献に初めて記載された。
本症は被殻,橋, 視床,尾状核,内包,放線冠など脳の深部に生じる小さな(直径0.5〜20mm)いわゆる穿通枝梗塞で,病理学的には空洞を形成している.
したがって脳梗塞の一型である.
多くは高血圧を合併し,脳の小動脈のアテローム硬化,小塞栓,リポヒアリノーシスなどによる.

症状
多数のラクナにより,偽性球麻痺pseudobulbar Palsy,四肢の痙縮,深部反射亢進,Babinski微候,小肢歩行marche a petits pas,知能低下(いわゆるmullti-infarct de-mentia),感情障害(強迫笑い,強迫泣き),尿失禁などを呈する.
明らかな脳血管発作を示さずに,次第にラクナが多発し,その結果,症候を呈することがある.
この症候は,従来いわゆる動脈硬化性認知症,動脈硬化性Parkinsonismなどとよばれた臨床像である.
ラクナはその部位により種々な症候を呈しうる.
次のような1-4の症候を呈する症例は特に病巣がラクナであることが多いとされる.
@pure motor hemiplegia(純粋運動性片麻痺)(PMH)
完全または不完全片麻痺を呈するが,視野欠損,感覚障害,失語,失行,失認などのないもの.
片麻痺の回復は2週間以内に始まり,予後は良好である.
病巣は反対側の内包,放射冠または橋底部にある.
Apure sensory stroke(純粋感覚性発作)
一側の顔,半身の感覚障害のみを示す.
多くは自覚的異常感覚で,他覚的異常は軽度であり,しばしば症候は,後術するTIA樣の一過性のものである.
病巣は反対側の視床,あるいはそれより上部の感覚路にある.
ラクナで本症状のみがみられるのは比較的まれとの説もある.
Bataxic hemiparesis
一側の上下肢に脱力および錐体路徴候があり,しかも同じ上下肢に小脳性の運動失調があると判定されるものである.
原因となるラクナは反対側の内包ないし放線冠,または橋底部の上から1/3の領域にあり,皮質橋路の障害による運動失調と推定されている.
Cdysarthria-clumsy hand syndrome
構語障害があり,一側の手が無器用になる.または片麻痺のこともある.
病巣は麻痺と反対側の橋底部にある.
一般にラクナによる症候は多発性のものを除き,予後はよい

検査

@CT
CTで小梗塞巣を検出しうることもあるが,病巣は小さかったり,脳幹にあるため検出できないことも多いので検査としてはMRIが有用である.時に小さな脳出血が臨床的にはラクナ症候のみしか呈さないこともある.
主幹動脈の病変を伴わないことが多いので,脳血管撮影は原則として行なわない.急性期の積極的治療は必要ないが,発作1か月くらいから,降圧薬,脳循環改善薬を使用する.



B-4:一過性脳虚血発作  (Transient Ischemic Attack=TIA)

概念
一過性,局所性の脳の血流障害(虚血)により,脳の局所症候が急速に出現し,それが24時間以内に完全に消失するものを一過性脳虚血発作とよぶ.

原因
@微小塞栓 
   1)頭蓋外,内血管のアテローム硬化
   2)頭蓋外,内血管の動脈瘤
   3)心疾患(心房細動,弁膜症など)
   4)fibromuscular dysplasia TIA
   5)動脈炎
   6)血液疾患
   7)その他
A微小血栓
B脳かん流圧低下(いわゆる脳血管不全症)
    1)疾患,ショックなどによる全身血圧低下
    2)起立性低血圧
   3)頸部血管の捻転,圧迫
   4)Willis動脈輸閉塞症
   5)その他
Cその他
    1)subclavian steal症候群
    2)一過性低血糖
    3)その他

病態生理

狭義のTIAの中でも微小塞栓によるものは,頸部動脈,脳動脈あるいは心腔内のアテローム硬化部などにできた血栓が,剥がれて微小な栓子となり脳の末梢に流れ,脳に小梗塞をおこすことによる.
しかし脳に虚血による大きな不可逆性組織変化が起こる前の短時間 内に栓子が溶解したり,細かくこわれて流れ去り,症候が回復すると考えられている.
微小血栓によるTIAでは,側副血行やあるいは一部は血栓溶解により短時間内に血流が回復して症候が消失すると考えられる.
もちろん,TIAの中には病理学的にも明らかな脳の不可逆性変化(梗塞)を伴うが,病変の大部分がいわゆるSilent areaに存在したり,非常に小さいために症候が一過性のものも存在する.

臨床所見
@発作の持続時間
TIA発作の持続時間は,24時間以内と定義されている。
2〜15分程度が多く,1時間以内のものが50〜70%を占めている.
A発作回数
発作回数は1日数回起こるものから,数年に1回というものまで多様である.
1〜2回のTIA発作後,脳梗塞症を発症することもあるし,多くの発作を繰り返してその後は自然に消失することもある.
一般に内頸動脈系のTIAは切迫脳卒中impending strokeとして重要であり,1〜2回の発作でも重視すべきである.
椎骨脳底動脈系のTIAはTIAのみを反復することが比較的多い
B症候 
内頸動脈領域か椎骨脳底動脈かによって異なる.
   1)内頸動脈流 
       TIAの症候は切迫しつつある脳梗塞症の症候の断片を示している.
       不全片麻痺(しばしば部分的で顔と上肢のみなど),単麻痺(手だけなど),
   2)椎骨脳底動脈瘤 
       症候は多様で,次のものが種々に組み合わされて生じる.
       最も多いのは,めまい,ごとに回転性めまいvertigoである.
       そのほか,両側性の視力消失,同名半盲,複視,構語障害,嚥下障害,構語障害など.
       これらが単独で出現した場合はTIAと断定できない.
       drop attack(落下発作)は,意識障害ではないが,四肢の脱力のために倒れる発作である。
       錐体交差部付近の虚血によって起こる.

診断基準
(厚生省研究班,田崎義昭班長)
@TIAの局所神経症候は24時間以内(多くは1時間以内)に消失する.
A発作の起こり方は急速(多くは2〜3分以内)である
BTIAの症候

   a)内頸動脈系のTIA
       1)症候は身体の半側にあらわれる(運動,感覚障害,一側眼の視力消失,失語など)
       2)発作回数は少なく,発作ごとの症候は同じことが多い
       3)脳梗塞症を起こしやすい
   b)椎骨脳底動脈系のTIA
       1)症候は身体の半側,両側など多数
       2)脳神経症候(複視,めまい,?下障害,両側性視力消失,半盲など)
       3)発作回数は多く,発作ごとに症候は変動する
       4)脳梗塞症を起こすことは少ない
   (注)発作はめまいのみ,意識障害のみのこともある

参考
ここにあげる症状が単独で出現した時にはTIAとは断言できない.
    1.失神発作を含む意識障害
    2.強直性もしくは間代性痙攣
    3.感覚障害の発作性進展(march)
    4.回転性めまいのみ
    5.嚥下障害のみ
    6.構音障害のみ
    7.大小便の失禁
    8.軽いめまい,またはボーッとすること
    9.意識障害に合併した視力障害
   10.片頭痛に合併した巣症状
   11.閃輝暗点
   12.錯乱のみ
   13.健忘のみ 

片側の感覚異常,構語障害および運動性失語,書字・言語理解の困難,読字や計算の困難,一側眼の失明(amaurosis fugax),同名半盲などを呈することが多い.
脳局所症候とともに,約25%のTIAが頭痛を訴える.
他覚的所見としては頸部や咽頭部での内頸動脈の拍動減弱,頸部でのbruitの聴取,患側網膜中心動脈血圧の低下などがあげられる.

検査所見
アテローム硬化症と関連する一般検査を行う.内頸動脈系のTIAでは脳動脈撮影をして狭窄・閉塞の有無を検討し,治療方針を決定する.
椎骨脳底動脈系では動脈の閉塞性病変以外の原因についても検討する.
CT,さらにはMRIもなるべく検査する.
CTの普及によりtemporal protileからはTIAと診断されても,小さな,あるいはsilent areaに広がる脳梗塞,稀には小さい脳出血である症例もあることがわかってきた.
MRIはさらに感度の高い検査なのでCTで異常がなくても虚血性病変MRIでのみ見つかることも稀ではない.

鑑別診断
鑑別すべきものとしては,内頸動脈系では,脳腫瘍,能動静脈奇形によるてんかん発作,Adams-Stokes症候群,頸動脈洞過敏症などがある.
痙攣,意識喪失のみを呈するときにはTIAとよばない
屎尿失禁,舌咬傷,チアノーゼ,終末睡眠があれば,むしろてんかんを疑う.
TIAの症候は突発するのが特徴であるが,jackson型てんかんによる症候は進行,すなわち“マーチ”するのが特有である.
椎骨脳低動脈系ではMeniere症候群と鑑別を要するが,TIAのめまいは,回転性であってもそれほどひどくないし,耳鳴・難聴もなく,ほかに脳幹部障害の徴候がある.
drop attackは失神とまぎらわしいし,TIA以外の原因でも起こるので,診断上あまり重視しない.
TIAの原因については,まず血圧降下が関係しているかどうかを検討する.
椎骨脳底動脈の硬化が進んでいる時には,起立時の血圧下降でTIAを起こし,発症後にはかえって血圧が上昇する.
したがって降圧薬服用者はいうまでもなく,TIAの全ての症例で起立性低血圧の有無を検討すべきである.
脳出血でも前述したようにTIA樣症候のみを呈することがあるので,鑑別のために全てのTIA例はCT検査の適応があるといえよう.

経過と予後
脳梗塞症の約15〜50%に,また頸動脈閉塞の60〜80%にTIAを認めるとされている.
実際にTIAからから脳梗塞症に移行する率は発症後3〜4年間で約30%とされているが,最初の1年間が最も高率である.
頸動脈系のTIAは,椎骨脳底動脈系のものより脳梗塞症に移行する率が高い.
逆にTIAのみを反復するものは,椎骨脳底動脈系に多い.
TIAの経過をみると,主な死因となるものは心筋梗塞と脳梗塞である.
高血圧を有する男性で心電図異常を有し,TIAを反復するものは,心・脳いずれかの梗塞を起こす可能性が大である.

治療
@薬物療法
TIAの再発,TIAから脳梗塞症への発症を防ぐ目的で血小板凝集阻止薬(アスピリン,チクロピジンなど)が用いられる.
アスピリンの服用薬は,1日0,3〜1,0gとされるが,実際にはもっと少量でも有効かもしれない.
TIA例は高血圧があっても降圧薬の使用は慎重でありたい.
使用するときには発症後1か月くらいたってから徐々に行う.
A手術適応
脳血管写上,頭蓋外動脈の手術可能な部位に高度の狭窄があるときは,血栓内膜摘除術,バイパスグラフトを行うことがある.
頭蓋内の主幹動脈に閉塞性病変があるときにはSTA-MCA吻合手術も行われているが,その効果は不明である.
 
生活指導
発作後1年間は要注意とする.
基礎疾患として高血圧,糖尿病,高脂血症がある時は,食事療法はそれに準じる.虚血性心疾患の合併もありうるので,その程度に応じた生活指導をする.



C−1:高血圧性脳症  (Hypertensive Encephalopathy)

概念
頭痛,痙攣,意識障害などの全汎的な脳機能障害を呈する型(type2)と,片麻痺などの一過性の局所神経症状を呈する型(type1)の2つの型を記載した.
しかし後者は,今日の一過性脳虚血発作(TIA)の範疇に入るもので除外すべきである.
高血圧性脳症とは血圧,特に拡張期圧の急激かつ異常な上昇に引き続き生じる脳症状(頭痛,吐き気,嘔吐,不安興奮,意識障害,痙攣)で,緊急降圧によって後遺症を残すことなく回復する症候群である.
一般に中等度から高度の腎機能障害を伴うことが少なくない.
さらにほとんどが悪性高血圧症から発症する.高血圧の管理,治療が徹底した今日では,脳症をみることは稀である.

成因
持続性の高血圧患者に,なんらかの誘因(降圧治療の中断,腎機能障害の増悪,病期の進行,他疾患の合併など)によってさらに血圧が上昇した場合に発症する.
一方,急性腎炎,妊娠中毒症では中等度の血圧上昇によっても脳症は発症する.
ただし,眼底変化および腎機能障害のない,あるいは軽微な持続性高血圧,いわゆる良性高血圧症からはまず脳症は起こらない.
一方,眼底に乳頭浮腫(KWW郡),あるいは軟性白斑,出血(KWV郡)を伴い,しかも中等度から高度の腎機能障害を伴う重症高血圧症(悪性高血圧症あるいは急速性高血圧症)からは13%程度発症する.
急性腎炎,あるいは妊娠中毒症では血圧レベルは前者ほどの衣装高値にまで達することなく発症する.
両者の共通点は高血圧あるいは血圧上昇に加え,腎性あるいは体液性因子の関与があることである.

病態生理・病理
本症は終極的には脳浮腫によって生じる脳症状である.
@発症機序
その発症機序には相反する2つの説が唱えられている.
その1つは急激な血圧上昇に伴う脳血管の過伸展,脳血流の増大,血管内圧上昇による血漿成分の血管外への漏出,そして脳浮腫へと進展していく.
したがって脳血流の自動調節域を突破(breakthrough説)するほどの血圧上昇が脳症の引き金となる.
他方,急速な血圧上昇は脳血管の防御反応として縮小を起こす.
このやや過剰な血管収縮つまり攣縮(spasm説)は,脳血流を減少させ,脳虚血,血液-脳関門の障害,血管透過性の亢進となって脳浮腫がひき起こされる
良性高血圧症に本症がみられないことは,急速な血圧上昇による脳血管への機械的,物理的刺激だけでは本症の発症機序を説明できない.
脳血管の透過性を亢進させる物質,例えばレニンなどの腎由来物質の関与,あるいは種々のアミンなどの体液性因子が血圧因子とは別に発症要因として考えられる.
A病理所見
広汎な脳腫脹からなり,多発性,散在性の小梗塞,点状出血,あるいは脳ヘルニア,大出血,梗塞などの続発性病変もみられる.
顕微鏡的には細小動脈の壊死,血管周囲への赤血球,血漿成分の漏出が認められる.

臨床所見
血圧の異常な上昇が先行したのちに,ほぼ必発する頭痛,ときに激しい頭痛,項部痛が出現する.
吐き気,嘔吐を伴い,多くが両側性の視力低下を訴える.
従来,本性の視力障害は後頭葉の障害による皮質盲と考えられ,本症の一症状とみなされていたが,明らかに後頭葉の病変によるものであれば,むしろ脳血管障害として扱い,脳症とは区別するべきである.
本症の視力障害は高血圧性の網膜変化(出血,白斑,乳頭浮腫),あるいは視神経の圧迫によるものである.
意識レベルは清明から昏睡までさまざまで,初期はむしろ不安,興奮,せん妄状態,あるいは見当識障害,計算力低下などの精神症状を呈することが稀ではない.
ときに強直性,間代性痙攣を起こす.深部反射は両側性に亢進,ただし病的反射はみられない.

検査所見
@血圧
血圧は異常に上昇,収縮期圧は200oHgをはるかに越え,拡張期圧も120〜150oHgと以上のことも稀ではない.
ただし妊娠中毒症,小児の急性腎炎では収縮期圧150〜160oHg 程度のこともある.
眼底は動脈の管径不整,網膜の出血,軟性白斑(KWV郡)および乳頭浮腫(KWW郡)などの高血圧性網膜症を呈するものが多い.
A髄液圧
髄液圧は200o水柱を越え,蛋白量も60〜200r/dlと増加する.
ただし乳頭浮腫があれば髄液検査は禁忌である.
腎機能はほとんどの症例に中等度から高度の障害を認め,特に腎炎などの腎性高血圧症を基礎疾患とした本症では,尿素窒素,血清クレアチニンも異常高値を示す.
したがって尿素窒素100r/dl以上でも尿毒症性脳症と決めつけてはならない.
脳波には,ときに全汎的な脳機能低下を示現する中等度の異常を認めるが,特徴的な所見はない.
BCT
CT所見では脳室の縮小,白質および脳室周辺の低吸収域など脳浮腫の所見を呈する.
CT造影検査は腎機能障害を伴う例が多いので,原則として行わない.

診断
急激な血圧上昇が先行し(この時期をとらえることは,稀である),1〜2日後に激しい頭痛,吐き気,嘔吐,視力低下,精神症状,意識障害,痙攣などの全汎的な脳症状を呈する.
高血圧は本態性あるいは二次性高血圧症(慢性腎炎,腎血管性高血圧症,褐色細胞腫)を基礎疾患とした重症高血圧症,あるいは重篤な網膜症を伴う悪性高血圧症といわれる状態にある.
ただし急性腎炎,妊娠中毒症,膠原病,血管炎に伴う急性発症の高血圧では網膜変化に乏しいこともある.
本症の脳炎状は緊急降圧治療によって1〜2日以内に消失し,このことも診断の根拠になる.
項部硬直,片麻痺,失語症,半盲,単眼盲など局所神経症状を呈するものは本症から除外する.

治療と予後
本症の診断に手間取って治療開始が遅れれば,それだけ脳症は進展し,不可逆性の脳障害あるいは心不全,肺浮腫を合併して死に至る.
本症が疑われたならば,高血圧緊急症に準じて降圧治療を開始する.
ただし緊急降圧といえども慢性・持続性の高血圧では急速な降圧で脳虚血を併発することがあり注意を要する.
従来の注射による降圧治療を行ったが,近年はCa括抗薬(ニフエジピンなど)やアンギオテンシン変換酵素阻害薬(カプトプリル)などの内服薬で治療可能である.
脳浮腫を伴うので高張溶液による抗浮腫治療も併用する.
降圧が得られれば1〜2日以内に,治療が遅れた場合でも数日以内に症状は完全に消失する.
高度の腎機能障害例では,降圧が得られたのち透析治療を必要とすることがある.




C−2:脳(頭蓋内)動脈瘤  (Intracranial aneurysm)

概念
頭蓋内の血管に生じる動脈瘤の中でも,くも膜下出血は嚢状動脈瘤saccular aneurysmの破綻で起こることが多い
嚢状動脈瘤は動脈瘤の90%を占め,先天的に脳動脈壁の内弾性板の欠損,中膜筋層の欠損があり,そこに高血圧などの影響が加わって脳動脈の一部が嚢状にふくらんだものである.
嚢状動脈瘤には多発性嚢胞腎polycystic kidneyと,大動脈狭窄の合併率が高いことが知られている.

好発部位
動脈瘤の85〜90%は脳血管の中でもWillis動脈輪の前部にある。
  @前交通動脈
  A内頸動脈,ことに後交通動脈の分岐する部(すなわちin-ternal carotib-posterior cerebral artery分岐部,略してIC-PC)
  B中大脳動脈の第1分岐部,などである.

発症頻度

大まかに前交通動脈と一側の内頸動脈と一側の中大脳動派では3:2:1である.
したがって前交通動脈:内頸動脈:中大脳動派の動脈瘤発生頻度は3:4:2となる(内頸動脈,中大脳動派は両側あわせた値).
しかし最も破綻しやすいのは前交通動脈瘤である.
約20%の症例では動脈瘤は1個以上(多発性動脈瘤)ある.
動脈瘤はその壁の中へ出血をくり返しながら,次第に大きくなり,その直径が4〜5oを超えると,急にくも膜下出血を起こす頻度が高くなる.
日常の倍検で,破綻動脈瘤の頻度は1,8%,破綻していない動脈瘤は2,0%とされている.

C−3:脳動静脈奇形  (Arteriovenous malformation=AVM)

概念
動静脈ろうarteriovenous fistulaともよばれる.脳動脈と静脈との間に異常な交通があり,血管網nidusを形成し,その血管は拡張,迂曲している.
血管網には,流入動脈feeding arteryと,太い流出静脈draining veinとがあり,静脈に動脈血がシャントして(大部分の血液が組織を十分に灌流しないで)直接流入する.
血管網の大きさは種々で,大きなものではシャント量が多いため心拍出量も増加する.

好発部位

動静脈奇形の70〜75%は大脳半球に認められ,頭頂葉,次いで側頭,前頭葉に多い,
約2:1の比率で男性に多い.
内頸動脈と海綿静脈洞との間にろうを生じたものが,頸動脈-海綿静脈洞ろうcarotid-cavernous sinus fistulaである.
そのほとんどは外傷によるもので,臨床的には眼球突出,眼球の脈拍に一致した拍動および眼球上での血管雑音bruit聴取など特有な症候を示す.













 脳血管障害
 A 脳出血
    1:脳内出血
    2:クモ膜下出血
    3:慢性硬膜下出血

 B 脳梗塞
    1:脳血栓症
    2:脳塞栓症
    3:ラクナ梗塞
    4:一過性脳虚血(TIA)
 C その他の脳血管障害
     1:高血圧性脳症
     2:脳動脈瘤
     3:脳動静脈奇形